2015年03月20日

レースレポート(U太)GPミストラル最終戦


GPミストラル 第5戦   2015.02.15<SUN>

今回はU14と、急遽出場出来る事になったJE3クラスにダブルエントリーだった。
U14は、年間優勝が既に決まっていたという事もあり、
先にあったJE3は9〜10割位で頑張ろうと思っていた。

試走後、朝一でJE3の招集が始まり最後尾に並ぶ。
そしてスタートexclamation
IMG_20150319_012850.jpg

スタートは前の人につっかかり前には行けず・・・
スタート直後だけでも3回程の接触している人達の音が聞こえた
これからはこういたクラスで走るようになるので、スタートの接触、転倒にはかなり注意していかないと感じた。
そこから徐々に順位を上げ1周目では十数位で、前にパックも見えていたので
とりあえず前に追いつこうと思い走った。
2周目にはトップ10内に入れた。
ラストラップ。前にはシクロの選手。この時は風がすごく、前で引っ張る方が風の抵抗を受ける。皆思うかもしれないが誰かの後ろにつきたいと思う。そこから100m以上はストレートで迷ったが前に出でみた。ピッタリつかれ、後ろでためているなとは思ったけど、その先の凸凹道やガタガタではMTBの方が有利かなと思うセクションがある。そこから勝負に出てみた。ゴールまではかなり距離はあるがスパートをかけてみた。
その後は6位を維持。前の人とはかなり離れていたので、次のレースの事も考えてゆるめた。そのままゴール

今後、大人数の大人の中で、どれだけ自分の走りが出来るか、
そろそろ頭を使った能力もきたえていけたらと思う。
このレースではこれからJシリーズでやっていく中でどうやって行くか考えるきっかけになったいいレースになった。


さぁ、4時間後。もう一度レースグリットに立つ。U14Aクラス。
今回は大人の前にU14を招集してくれ、一列目に並ぶ事が出来た。
ありがとうございます。
スタート10分前から3分前・・・からの30秒後には1分前とか
大山さんの秒数の数える速さは異様で(笑)
(その後、また2分前に戻してくれましたが)
まぁ、なんだかんだいって、それがレース前のリラックスになって良かったです
そしてスタートexclamation

IMG_20150319_012940.jpg

スタートはひといきつくまで誰かについて行こうと思っていた。しかし誰も飛び出す事なく・・・
自分が行けば良かったと反省。
Aキはビンディングがはまっていなかったようで、はまったと同時位に皆いっせいに始動。という感じだった(笑)
そこからAキの後ろについていく。
そのまま1周目が終わり、2周目に入る時に前に出た。
そこからじわじわと離れた。Aキは確実な2位を狙っていたのか??
ある程度の差をつけ、後はたんたんと走り、ゴール

1423990007122.jpg

最後を優勝でかざりシリーズチャンピオンを飾る事が出来た。
(賞品でもらったジャージを着てこのレポートを書いてます)
去年、Aキがもらった、クロモリのフレームが欲しかったな。
でも一番の賞品は、自分でつかみとったU14Aクラスシリーズチャンピンオンだと思っています

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しかし、これは自分が全てではなく、走る事以外で自分がやった事と言えば、食べて、寝て、洗車して、タイヤの空気を入れるくらいで・・・それ以外は家族や応援してくれる仲間達、ライバル達がいるおかげ、
もっと言えば、自転車に乗るきっかけを作ってくれたGenさんのおかげ(通称:カントク!)本当にありがとうございます
いつか、カントクの誕生日でも祝い・感謝パーティーでもしましょ。
一回位は、誰の支援もなしでレースやってみたいです。
そしたらきっとレースどころじゃないくらい苦労しまくりで、もっと、もっと皆さんに感謝するでしょう。
そんな事も考えつつ頑張る気持ちでより上回っていきたいと思う。
もう「大人とはしるの〜」なんて言ってられない。
ガンバろう。

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レース当日、レポート書いていたU太でしたが
バタバタしていてなかなかUP出来ていませんでした
ごめんなさい  by.Akou


posted by Upapa at 02:11 | Comment(2) | レースレポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

MOMOがゆく 新しいステージ(中学生)

Yosはもう、筆を折ってしまったのか?と、お思いだったでしょうか。
いえいえ、そんなことはありません。
MOMOのジュニアたちが走り続けるかぎり、「MOMOがゆく」も続きます。

高知に帰ってから、みんなのレースをナマで観戦できないので、レースレポートからストーリーを起こすのと、いつもSKM48さん(もうSKM49?)から、「長い!」とお叱りを受けるので、今回は、ショート・ショートの5つの物語。

文体が1人称と3人称の混合なので、読みにくいところもあるかもしれませんが、それは、短い文章の中で、ジュニアたちの気持ちを、できるだけ本人に言わせたかったからです。何卒お許しください。

それでも「長い」?
でも、どうか最後まで読んでほしい。
最後まで読めば、最終の3行で、あなたはきっと、涙する。

では、以下、本編です。
Yos

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MOMOがゆく 新しいステージ(中学生たち)

自転車で坂を上るのは、苦しい。
でも、苦しいけど、辛くはない。それどころか、圧倒的に、楽しい。
前を行くライバルたちの背中を見ながら、U太はそう思う。
まだまだ、上に強いやつらがいることを痛感させられたのは、去年の夏、中学生クラスで臨んだ「全国小中学校マウンテンバイク大会」だった。
毎日の厳しい練習に明け暮れ、表彰台を目指して臨んだレースだったが、上りのパワー不足で引き離された。
得意の下りでカバーして何とか食い下がったものの、表彰台には届かなかった。(中学生は1年生〜3年生が同カテゴリーで走るので、1学年ごとに区別される小学生より、はるかに競争が厳しい)
それでもまだ、全国大会は「中学生」というくくりがあったが、それ以外のほとんどのレースにおいては、中学生以上は、「大人」として扱われる。
6年生の頃は「ジュニア」カテゴリーでライバルが限られており、優勝を含めて、多くの大会で表彰台に立てたU太だが、中学生になってからは、ほとんどのレースで「大人」としてのエントリーになり、より強いライバルと走る機会が増えた。
そうなると、もちろん、強くて速い人たちがワンサカいて、上の順位に行くのは、ますます厳しい。

そんな厳しい、大人たちとの混走の中、きょうもU太は、クロスカントリーのレースを走る。
コースは今、坂の頂上を越えて、下りにさしかかる。長くて危険なガレ場の下り道だ。
ギャップだらけの路面には、ところどころに岩が露出し、尖った石がたくさん転がっている。
危険な山の道を、U太は時速50kmを超えていようというスピードで、疾走してゆく。
もしも今、吹っ飛んだら、間違いなく大ケガをするだろう。骨折ぐらいじゃ、済まないかもしれないなと思う。(過去に両手骨折もやってるし)
しかしそんな思いに反して、恐怖にひるむどころか、U太の両側の口角は、少し上がる(注:笑っているという意味ですよ、子供たち)。
U太の視線が、遠くに向けて絞られる。ギャップやスライドには、体が勝手に対応する。だからU太は、遠くだけを見る。
前には、同じカテゴリーに出ている大人たちの背中がいくつも見える。
「さあ、前のオジサンたち、今行くから、待ってろよ」
ブレーキレバーには、軽くタッチしているだけ。踏めるところでは、さらに踏んで加速してゆく。
Yosさんは僕のことを、「お前は正真正銘の、スピード・ジャンキーだ」という。
そう、僕はこのスピードが好きだ。
だって僕のパパは、サーキットをオートバイで、時速200kmで走っているんだもの。
僕は、その血を引いている。
U太は、スピードに恋をしてしまった。
流れるU太の視界の中で、抜き去ったカラフルなジャージの大人たちが、後ろの方へ飛んでゆく。
U太が、早春の山を、疾走してゆく。
激しく争う選手たちをよそに、ウグイスが森の中で長閑(のどか)に鳴いている。
ピンクやオレンジ、パープルにブルーと、色とりどりのジャージが競い合う山道の傍らでは、それに負けじと、薄い桃色の花を満開にした早咲きの山桜が、新しいステージの始まる春を告げていた。

U太トップ.jpg
スピード(昔のアイドルグループじゃないよ)に、恋をしちゃったU太

ロッシ.jpg
え?これはUpapa?

U太ジャンプ.jpg
GPミストラル最終戦。

U太年間チャンピオン.jpg
U太は年間クラスチャンピオンを獲得

U太.jpg
お台場では3位

D地は逃げる。
「いいかD地、おまえは、逃げるんだ」
最初にそれを聞いたとき、僕にはよく分からなかった。
「え、逃げるの?でも逃げるのは、カッコ悪いことじゃないの?」
首をかしげる僕に、Yosさんは言った。
「自転車のレースで『逃げる』ということは、一番前を、勇気を持って走るということなんだ。
誰かの後ろで空気抵抗を減らして走って、後から前に出たりせず、自分だけの力でレースを走りきるということ。これが一番、カッコいい。
だからツールド・フランスで観客が一番大きな拍手を送るのは、逃げて勝った選手だ。
なぜなら観客は、その選手が他の誰よりも勇気を持ってレースを戦ったことを、知っているからな。
だからD地、おまえも、そういうレースをするんだ」
だからきょうのレースでも、D地は迷わず、スタート、ダッシュだ。
勇気を持って、誰よりも早く、1コーナーに突っ込んでゆく。

レースが終わったあと、D地はフラフラになって、ゴールわきにくずおれる。文字通り、倒れこむ。
きょうはスタートでトップを取って、あとから4人に抜かれての5位。それでも全力で走ったから、気分壮快だ。
集団の中で体力を温存し、最後に勝負をすれば、もしかするともっと上でゴールできたかもしれない。
でも今は、これでいい。
いつかきっと、スタートで先頭に立ち、そのまま逃げ切って、誰にも抜かれないレースをする。
そうすれば、僕の勝ちだ。
自転車はD地に、勇気と、強い心を与えてくれた。そして何より、素敵なすてきな仲間たちも。
だからD地は、きょうのレースでも逃げる。
自転車のレースでは逃げるけれど、D地は、学校でいやなことがあっても、逃げたりはしない。
自転車と、仲間がくれた勇気を持って、向かってゆくからだ。
ビンディングペダルに、カチリと右足が入った瞬間、D地の、勇気のスイッチが、ONになる。

D地トップ.png
D地がロケットスタートでトップに立つ

D地コーナー.png

D地ゴール2.jpg
全力を尽くして戦ったあと、へたり込む。その姿は、泥だらけでも美しい。

D地ゴール後.jpg
これからも、全力疾走だ、D地

ちょっと、アップをやりすぎちゃったかな、と、ローラー台を降りながら、Shokaは額に浮いた汗を拭いた。
さっき試走した砂浜は、難しかった。攻略法を、乗る、かつぐ、押して走ると、3つ試してみて、押して走ることに決めた。
去年中学校に進学してからShokaは、バドミントン部に所属している。
部活のために、6年生のときと比べると、どうしても自転車に乗る時間が減ってしまった。
とくにここ1ヶ月ほどは、全くといっていいほど、自転車に乗っていなかったが、その分、部活での毎日の走り込みのおかげで、体力がついた。
だから、慣れない砂浜は、走るほうが速いし、体力も温存できると思ったのだった。
「シクロクロス東京 2015」
プロが走るカテゴリーもある大きな大会に、応援と観戦の観客が4,000人以上集まった。文字通り、ビッグレースだ。
Shokaのスタート位置は、40番目。そしてこのクラスの参加人数は、40人。つまり最後尾からのスタートだった。
自転車のレースはおおむね、速い(と判断される)選手から順番に前に並ぶ。
F1やオートバイのレースを思い出してほしい。予選で速かった選手から前に並ぶのは、もちろん、そのほうがアドバンテージが高いからだが、もう一つ理由がある。
それはスタート直後の密集状態の中で、遅い選手の後ろから、速い選手が追い抜きをかけると、追突の危険が高いからだ。
Shokaの走るクラスのエントリーのほとんどが大人で、中にはプロではないものの、チームスポンサーがついている強豪のライダーもいる。
そんな中で、若干13歳のShokaは、「いちばん遅いだろう」と事務的に判断され、この最後尾のスタート位置が与えられたのだった。

しかしこの事務的なスタート位置が、あとで最高に痛快なエピソードになることなど、Shoka本人はもちろん、そのときは誰も考えてもいなかった。
スタート直後の砂浜は密集状態で、思ったように前に行けなかった。
乗って転倒する者あり、バイクを横にしてかつぐ者ありで、なかなか前に出るラインが見つからない。
それでも、決めていたとおりにバイクを押して走り、シングルトラックに入るころには、15位ぐらいに順位を上げていた。
砂浜の渋滞に難儀しているあいだに、前からスタートした速い選手は、もう手の届かないところまで先行してしまっているんじゃないかと、Shokaは心配だった。
「ああもう、きょうは表彰台は無理かなあ」
しかし実は、このシングルトラックこそ、彼女が一番得意とする舞台なのだった。
主戦場がマウンテンバイクのクロスカントリーレースで、ギャップやタイトな切り返しは得意だ。
そしてきょうの相手の多くは、700Cのシクロクロスバイク。
見通しのきく広い河川敷などで行われることが多いシクロクロスレースだが、きょうのレースに組み込まれたシングルトラック(ギャップが多く、自転車1台分しか幅がない)では、Shokaが駆る26インチのフロントサスつきのマウンテンバイクと、彼女のライディング・テクニックが生きる。
そうなると、6年生のときにはマウンテンバイク全国大会を制しているShokaは強い。
慣れないシングルトラックに難渋する先行の大人たちを、ひらりひらりと、右から左から、追い抜いてゆく。
それでも最終周回に入ったところでは、まだ前に何人かの選手が走っていた。
これ以上は厳しいか?
「でもまだ、わたしには、シングルトラックがある!」
最終周回のシングルトラックで、また数人の選手を抜いた。
そして、
「え、もうあと前に2人だけなの?」と、Shokaは驚く。
自分が今、3位まで上がっているのが、コースのあちこちを走り回って声をかけてくれるパパ(gen)やUpapaからの応援で分かったからだ。
しかも今、最後の砂浜にさしかかり、その2人の背中が見える。
それなら、Shokaが今、やるべきことは一つだけだ。
「いける!まだわたしの息は上がっていない(走り込みと、入念なアップのおかげ)」
そしてShokaは、渾身の力を込めて、砂浜を駆け抜けた。

表彰台の一番高いところから、4,000人の大観衆を眺めるのは、最高に素敵な気分だった。
まさか優勝できるとは思ってなかったから、本当に嬉しい。
それに、副賞にもらったプロ仕様の整備スタンドは、きっとパパが大喜びするはず。
このところ部活が忙しくて、なかなか乗ることができなかったけど、やっぱり自転車って楽しい。
小学校のときみたいに、毎週毎週は乗れないけれど、こんどレースに出るときも、きっとあきらめないで、わたしは、そのときの、わたしの全力で走ろう。
大きな拍手で祝福してくれる観衆の向こうに、キラキラと光るお台場の海を見ながら、Shokaはそう思った。

Shokaアップお台場.jpg
レース前には、入念にウオーミングアップ

Shoka砂浜.jpg
砂浜は押して走る。部活での走りこみが活きた

Shokaシングルトラック.png
得意のシングルトラックで抜いてゆく

Shoka.jpg
そして、39人の大人を抜き去って優勝!

Shoka表彰台お台場.jpg
表彰。副賞の整備スタンドに、パパのgenは大喜び

Shoka取材.jpg
表彰の後、取材を受ける。そりゃそうでしょう。どっかのプロチームから、スカウトが来るかも

Team MOMOのメンバーの中で唯一、ロードバイクレースからマウンテンバイクレースに転向してきたのが、T樹だった。(もちろん、いまもロードバイクレースにも出るが)
T樹がレースを始めたのは、ロードバイクフリークである父親(Tchichi)の影響だった。
Tchichiが勤める会社は、実業団で走るロードバイクチームを持っている。そしてそのジャージのロゴは、「SUBARU」だ。
このチームは年に数回、富士山スバルラインを借り切ってヒルクライムレースを行うなど、活発なレース活動を行う。
そんなヒルクライムレースやクリテリウムレースに、父親と一緒に参加することから、T樹の自転車レースは始まった。
そしてT樹が中学校1年生のとき、出入りするバイクルームSINでよく見知っていた、MOMOの総監督でるあるgenから、「T樹もMOMOに入って、一緒にマウンテンバイクレースやらへん?仲間がおったら、楽しいよ」と誘われ、T樹はMOMOに加入することになったのだった。
Tchichiが頑張ってT樹のために買った初めてのマウンテンバイクは、なんとチタンフレーム。
もともとは、バイクルームSINの経営者であるシンスケ(このブログ内では「シン公」)が使っていたフレームを、お友達価格で譲ってもらって組んだバイクだが、それでもホイールやコンポーネントを合わせたら、それなりの値段になる。
そしてその本当の値段を、はたして母親(Thaha)が知っているかどうかなど、もはやこの際、どうでもいいだろう(笑)。
兎に角(とにかく)、T樹はそうやって、舗装道路のレースから、未だ見ぬ未舗装の「悪路」のレースの世界へと、足を踏み入れたのだった。
MOMOの練習会(今ではすっかり「MOMO練」で商標登録?されている)に参加しはじめた頃は、これまで慣れ親しんできたロードバイクとの、あまりの違いに驚いた。
スピードは、ロードバイクより全然遅いのに、難しい!
得意なはずの上りでは、いくらペダルを踏んでも、リアホイールは土をかいて空転するばかり。
木の根っこや大きな石がごろごろしている急な坂では、何度も転んで、文字通り泥だらけになった。
Yosさんに、「T樹、お前が前を走ったら危ないから、後ろにいけ、後ろに!」と怒鳴られて、自分より年下のU太やD地、はては女の子のShokaの後ろを走らされたときは、涙が出るぐらい、悔しい思いをした。
初めて出場したマウンテンバイクレースでは、1コーナーでハデにスリップして転んで、全治2週間の足のケガもした。
けれどもそうやって、転んで、泥だらけにりながらMOMO練に参加するたび、コケて痛くても、泥だらけになっても、いつも笑っている自分に気がついた。
転んだT樹を、「大丈夫?」とD地が気づかう。
「あそこは、フロントブレーキを使っちゃダメだよ。それで、お尻はもっと後ろに」と、U太が山での下りのコツを教えてくれる。
「仲間って、本当に素敵だなあ」

そして、きょう、T樹が走っているのは、今年のGPミストラル最終戦、シクロクロスレースだ。
ミストラルのAユパパの特別なアレンジのおかげで、JE3のレースにも出場したので、この日2本目のレースの中盤を、今、T樹は走っていた。
前を、マスター50クラスの大人たちが集団を作って走っている。
あの集団を抜いていくには、どうすればいいか。
「よし、一か八か、右側から行ってやる!」
JE3の時に、スタートの後の右コーナーで、多くのライダーが左のラインを取ることが分かっていたT樹は、このときただ一人、大回りになることを覚悟で、コースの右側を攻めることにした。
700Cシクロクロスバイクの大人たちを、大外から一気に抜き去る。
そのあとは、速い選手たちが単独で走っているので、あまり前の選手に詰まることなく走ることができた。
独走は得意だ。
それがT樹の持つ強さだった。
ロードバイクから始めたT樹は、単独で高速巡航すると速い。
身体をコンパクトにたたんだエアロフォームでスピードを上げて、一人ひとり、前をゆく選手を抜いてゆく。
勝負どころでは、ダンシング。愛車のチタンフレームの硬いウィップを、体の動きと完璧に同調させる。
ついに、トップに立った。
1週目のシケインで、同じチャレンジクラスの選手が、すぐ後ろまで迫って来たときは「ヤバイ」と思ったが、得意の独走区間で、ふたたび引き離すことができた。
これは、gen総監督が、何本も何本も坂を上るトレーニングをしてくれたおかげだ。
踏んで、回し続けても、T樹のスタミナには余裕があった。
そしてついに、ゴールラインが見えた。
これまで、リレーのチーム走での優勝はあったが、ソロのレースで、トップでゴールするのは初めてだ。
T樹は両手を高く突き上げて、その感動のゴールラインを、駆け抜けた。
高く上げた両手の間から見上げた3月の空は、きょうのT樹の初優勝を祝福するように、真っ青に、晴れわたっていた。

T樹ダンシング.jpg
バイクと一体になった、美しいT樹のダンシング

T樹.jpg
ソロのレースで初優勝、おめでとう、T樹

momo滝.jpg

T樹仲間.jpg
gen総監督と、素敵なMOMOの仲間たち

もちろん、Team MOMOと一緒に、Team-Kがいつも同じレースを戦う。
この2つのチームは、良きライバルであり、良き仲間だ。お互いが励ましあって(ときには宿も共にして)全力でマウンテンバイクやシクロクロスのレースで競う。
K林家の兄妹、慧KとM琴も、きょうのレースを走っていた。

その2人を、遥か高いところから、見守る大きな2つの瞳があった。
「こらこら、そんなに天国のはしっこから乗り出したら、危ないから、こっちに来なさい」
「だって神様、わたしの大好きなあの2人が、あんなに頑張っているんだもの、応援しなきゃ」
「2人には、素敵な仲間たちがいるから、心配しなくても大丈夫だよ。それにあのお家には、最近、新しい家族も増えたのだよ」
「だから、ほら、安心して、私の膝の上に来なさい、ティラミス」

K林家.jpg

ティラミス.jpg
天国から応援

momoとK.jpg
MOMO-Kのロゴに、見えるかな?

***** MOMOがゆく 新しいステージ 完 *****
posted by Yos at 00:54 | Comment(3) | MOMOがゆく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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