2014年01月19日

MOMOがゆく 「約束」

 Yosが高知に去り、「MOMOがゆく」はもう終わってしまったのか?とご心配の読者の皆様(いるのか?そんな奇特な人?)お待たせいたしました。MOMOがゆく久々のアップです。
 タイトルは「約束」。今回の主人公は、なんとワタクシ、Yosです。ですからそれはもう、思いっきり、ヒロイズムのオンパレード?!になっちゃっているのを、お許しください。
 今回は、最後のレースで優勝を飾るという、奇跡の物語です。
 これからも「MOMOがゆく」を書き続けてゆく所存ですが、なんせ神奈川と高知と、取材対象と遠く離れてしまったので、今までよりは期間や描写の実感に隔たりが出ると思いますが、それはそれ。アップされた際は、楽しく読んでいただければ幸いです。Yos

MOMOがゆく 約束 (メリダミヤタカップ 2013年11月16日開催)
 U太(小学6年生男子)、A川(30代男子)、Yos(around 50 男子)


 エスコートライダーとしてU太の前を走っていた、チームメリダの斉藤亮選手が、教え子に微笑みながら左に逸れて、U太にゴールへの道を譲る。(斉藤選手とU太は、2年続けて参加したMTBサマーキャンプにおける師弟関係であり、お互いをよく知っているのだった)

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斉藤亮選手のエスコートで、U太が独走のゴール

U太優勝.JPG
U太がチャンピオン・ジャージを獲得。3位にはKのAyuが入った

 U太は、小学校高学年クラス、クロスカントリーのレースのゴールを、独走のガッツポーズで制した。メリダ・ミヤタカップというメジャーなレースで優勝。それはU太の誇るべき新しい戦歴だ。しかし今、U太はゴールラインを通過しながら、別のことを考えていた。
「よし、これでひとつ勝った。でも、きょうのメインレースは、このレースじゃない。僕はこのあと、Yosさんとの約束を守るために走る」

 U太の優勝のゴールから5時間あまり後、同じコース上を、Yosは走っていた。
最後のライダー交代を終えて、3時間エンデューロのゴールラインまで、あとは自分が走る。「約束」を、守るために。そのとき、Yosには、ひとつの歌が聞こえていた。

そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて なにをして 生きるのか
こたえられないなんて そんなのは いやだ!
時は はやく すぎる 光る星は 消える
忘れないで 夢を こぼさないで 涙
ああ アンパンマン やさしい 君は いけ! みんなの夢 まもるため

 そう、それは昨年の10月に94歳で亡くなった、Yosと同郷の高知県出身の漫画家、やなせたかしさんの生み出した、子供たちのヒーローのテーマソング、「アンパンマンのマーチ」だった。名曲「てのひらに太陽を」の作詞者でも知られる、やなせたかしさんは、漫画でも歌でも、その作品のなかで、生きることのよろこびを、子供たちに伝え続けた。そして、よろこびだけでなく、人生にはときに、悲しみもともなうことを。
 「てのひらに太陽を」の歌詞では「生きているから悲しいんだ」と歌い、アンパンマンマーチでは、「生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも」と歌っている。
 生きるということは、決してカッコよくて、素敵なことばかりじゃない。生きることには、必ず悲しみや苦しみがともなう。「悲しいことや辛いことは、必ずやってくるけれども、それを乗り越えてゆけ。そのむこうには必ず、よろこびがある」と、子供たち(というより、アンパンマンの視聴者は、ほとんど幼児)に向けて、やなせさんは応援のメッセージを贈っているのだ。
 幼児期にこの歌を聞いた子供たちは、悲しみや苦しみに出会ったとき、きっと心優しいヒーロー、アンパンマンのこの歌を思い出し、勇気を出してそれに立ち向かうはずだ。だって、大の大人のYosだって、そうなのだから。
 「時は はやく過ぎる」
 どんなに逃げたくても、悲しみのときは、必ずやって来る。けれどもそれを、勇気と優しさをもって、乗り越えてゆこう。

 きょうのレースは、YosがMOMOの子供たちと一緒に走ることのできる、最後のレースだった。
2013年11月16日、湘南国際村、メリダ・ミヤタカップ(以下メリダカップ)、3時間エンデューロの「ファミリークラス(大人に混じって、小学生が含まれることが条件)」に、「11月末に神奈川県を去り、故郷の高知県に帰るYosとの思い出のため、表彰台を狙おう」と、U太、A川、Yosの3人でのエントリーを提案したのは、U太の父、Upapaだった。そのエントリー以来、「表彰台に乗ろう」がチームの合言葉となり、そしていつしか、それは自然に「約束」へと昇華していった。

IMG_1307.JPG
Upapaの車のキャリアには、オルベアが3台

メリダの3人.JPG
ファミリークラスでの表彰台を「約束」した3人

 メリダカップの前週、緑山で開催された「MTBフェスティバル」で、Yosは3時間(荒天のため、2時間に短縮)エンデューロをソロで走った。Yosが3時間を一人で走った理由のひとつは、「MOMOとKの子供たちと、コースで一緒に走る機会を、少しでも長く持ちたい」ということと、そしてもう一つは、きょうのメリダカップのための、高強度トレーニングのためだった。ヒルクライムなどの、きついレースをこなすと、レースそれ自体がトレーニングとなり、その後の数週間は、高強度で走ることが楽になる。サイクリストは誰しも、それを経験値から知る。Yosは今、その効果を実感していた。そして今が、そのすべての成果を出すべきときなのだった。

補給.JPG
緑山のレース 子供たちのサポートを受けて走る


 レースは、1時間エンデューロと3時間エンデューロの混走で行われている。先ほど1時間のチェッカーフラッグが振られ、いま場内アナウンスは、1時間の各カテゴリーの結果を告げていた。それが終わり、レース実況は「ではこれから、3時間の途中経過です…」と移る。そして各クラスの現在の順位が告げられてゆく。ソロ、男子ペア、男女ペア・・・そして最後が、「ファミリークラス」。
 「現在、ファミリークラスの1位は、ビブナンバー(ゼッケン)966、Team MOMO & SIN!2位は同一周回で・・・」
 Upapa、Akou(Umama)、U太、そしてYosの4人は、息をのんで顔を見合せる。A川は今、コースを走っている。Upapaの周回カウントチェックにより、おそらく表彰台圏内にいることは分かっていた。しかしまさか、1位を走っているとは。もちろんそれは「嬉しい誤算」ともいうべきものだったが、反面、プレッシャーだ。「このまま、守りきってゴールできるのか?レースはまだ、半分ちかく残っている。そして同一周回で追ってくる2位のチームはこの状況を見て、これからどう動くのか」

 1時間あまりを経過して、現在1位という、この劇的な状況を生んだのは、今朝、ピットの様子を見て言ったA川の一言だった。
「U太は、どのぐらい続けて走れますか?1時間ぐらい、いけますか?」
「えっ?」質問の意味を計りかねている4人に、A川は続けた。
「1時間と3時間エンデューロの参加チームは、合計で300組ちょっとです。このピットなら、ライダー交代は少ないほど有利です。理想は、ひとりが1時間ずつ走ってゴール。ピットでの交代は2回のみ。試走の感じだと、一人が5周でしょうか」
 混雑必至のピットエリアに入るライダー交代を、極力少なくすることが勝算を生むというのが、A川の考えた状況判断、そして戦略なのだった。
 そう言われてピットロードを眺めてみれば、ジグザグと蛇行する狭いピットロードの両側に、300を超えるチームのテントやターフがひしめいている。そこを通過する間の減速走行を想像すると、なるほどA川の言うとおりなのは、自明のことと思われた。しかし、普通は1〜2周でライダーが交代する3時間のエンデューロレースで、一人が1時間を走り続けるレース戦略など、誰の頭にも思い浮かばなかった。「第一、そんなことが、できるのか」

 ここで読者(いつもYosの拙文を読んでいただき、ほんとうにありがとうございます!)のために、最近はよくMOMOブログにも登場する、このA川という人物のことに、しばしの行を割かなければなるまい。
 この某国立S大学の理工学部を卒業後、大学院で修士課程を修めた秀才の言うことは、総じて、正しい。基本スタンスが「希望的観測よる楽観論」というYosなどとは違い、A川は、例えそれが望まざることであっても、物事を冷静かつ客観的に判断する。たとえばMOMOに関することだと、以前にYosが「MOMOではまだ大きなケガが出ていない。このまま、上達してくれればいいんだけど」と言ったときなど、「Yosさん、ケガは、どんなに気をつけていても、するときには、しますよ」と言った。「なんてクールな言いい草なんだよ・・・」とYosはその時思ったが、A川の言うとおり、そのあとMOMOでは、子供たちの骨は数本、折れた。
 だからといって、A川本人が無茶をしない人物かというと決してそうではなく、Yosから言わせれば、「それは無茶苦茶だろう」というようなことを平気でやるバイタリティーを備えているのが、A川の面白ところであり、真骨頂だ。
 最近は少し落ち着いているようだが、いつぞやブルベ(長距離を規定時間内に走るサイクル競技)に凝ったときなどは、600kmを1日で走り、その翌日にMTBのレースに出て、その次の週はTTのレースに出てどこぞの人工湖の周りを1週し、帰って来て「明日はシクロ(クロス)なんですよ」などという、驚きをとおりこして呆れるようなことをやっていた。ライダーとしての実力もSINのチームでは抜きん出ており(まあそんだけ走っているから強いのは当たり前なんだけど)、来年からはMTBのJシリーズのエキスパートクラスで走る。

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秀才A川さんの言うことは、おおむね、正しいのだった

 とまあ、そんなA川の言うことには、ひじょうに説得力があり、Upapaは、ハッと我に返ったように、先の「U太はどのくらい続けて走れますか」というA川の質問に、「い、1時間なら、いつもabcのエンデューロで走ってますから、走れると思いますが・・・」と答えた。
「おいおい、やるのかよ?U太はいけるかもしれないけれど、俺もやるのかよ!?」と、Yosは心中穏やかでない。
「じゃあ、一人5周で、やってみましょう」とA川。「Yosさん、いけますか?」
「うう、よ、よし、いくよ(いけるのか!?)」と半ばヤケクソになりながらU太に目を移すと、今朝の高学年クラスを独走で制して、チャンピオン・ジャージを手に入れていたU太の瞳に、新たな闘志の炎が燃え上がっている。そして全員がもういちど目と目を合わせる。「よし、いけるところまで、いこう!」

 レースのペースが思ったより速く、その分消耗も早かったので、それぞれの一回目の周回は、実際には4周ずつだった。その後2回目は2周ずつ、そして同一周回で追ってくる2位のチームを引き離すために、A川がYosの前に全力のスプリントで1週を走り、ピットクローズの前に最終ライダーのYosへと引き継いだ。(これには、感動の3時間のゴールを、Yosに切らせようという、チームのあたたかいシナリオもあった)
 スタート直後、第一ライダーのA川が最後尾から、(小学生がスタートするチームがあることも考慮して、ファミリークラスは最後尾からスタートとなる)スルスルっと、(本人曰く「小学生を怖がらせない程度に」)上品に順位を上げていった。そして4周でU太につないだ。U太の次に、Yosが4周…レースは展開していった。
 表彰台に立てば、「約束」は守られる。しかし、優勝チームのみに与えられるチャンピオン・ジャージ(U太は朝のクロスカントリーで既に1着手に入れていた)が掛かっているこのメジャーレースで、1位と2位とでは、それこそ天と地ほどの差があるのだった。「ここまできたら、なんとしても、3人でチャンピオン・ジャージに袖を通したい!」

「Yosさん、これ、ラストです!」ゴールまで、あと半周を残すあたりのコース横で、Upapaが知らせる。最終周回を告げるチェッカーフラグがいま、振られたのだ。
「よし。それなら今からゴールまで、誰にも抜かれなければ、俺たちの勝ちだ!」
 2位のチームが今、どこまで追ってきていようとも、他のカテゴリーを含めて、それがどのライダーであろうとも、誰にも抜かれなければ、Team MOMO & SINが、クラス1位でゴールするのは間違いないのだ。だが、できるのか?
「いや、やってやる」
今また、Yosの耳に、アンパンマンマーチが聞こえてくる。

なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ
わからないまま おわる そんなのはいやだ!
そうだ おそれないで みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
時は はやく すぎる
光る星は 消える
だから 君は(Yosは!)いくんだ ほほえんで
そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
いけ! みんなの夢 まもるため

 「なんのために、生きるのか? なにが君の(僕の)しあわせなのか?」
と問われても、(この歳になっても)Yosには、はっきりとは答えられない。ましてや小学生であるMOMOやKの子供たちに、そんなことを問うつもりもない。けれどもこれだけは、はっきりと言える。

 なんのために? それは、あきらめないために、走るのだ。大切なのは、「できるか、できないか」じゃない。「やるか、やらないか」もっと言えば、「やろうとするか、しないか」ということなのだ。
そしてもうひとつは、ゴールで両手を広げて待ってくれている仲間と、家族のところにゆくために、走るのだ。(アンパンマンだって、ボロボロになって帰っても、ジャムおじさんに、新しい顔をもらうと、元気りんりん!に復活するじゃないか!)
 今の君たちは、それでいい。
 だからたとえ悲しいことがあっても、それを仲間と一緒に、乗り越えてゆけ。その気持ちがあれば、そこにはぜったいに、生きるよろこびがある。
 だからYosの愛する、MOMOとKの子供たちよ、夢を、あきらめるな。ぜったいにあきらめなければ、君たちは、何だってできる。

 最後のコーナーを立ち上がる。Upapaの声のあとは、ぜったいに落車しないように、そしてチェーントラブルを起こさないように、パンクもダメだというセーフティマージンを除いて、残った力のすべて注いで走った。そして(奇跡的にも!)あれから誰にも抜かれていない。
 ゴールはゆるい上り坂だ。夕方の日差しに延びた影が、自分より一瞬先にゴールラインを越える。そして今、Yosは万感の思いをこめて、両拳を突き上げて、ファミリークラス優勝のゴールを切った。
「U太、A川さん、そしてUpapa、俺たちの約束を、守ったぞ!」

Yosゴール.JPG
「約束」のゴール。そのときYosの胸に去来したのは…

 きょう一緒に走ったのはU太とA川の二人だけだったけれど、その時Yosは間違いなく、愛するTeam MOMOの子供たち全員と一緒に走っていた。自分の分身とも思えるTeam bike room SINとも一緒に走っていた。そしてこれからもYosの心は、この二つのチームと一緒に、走り続ける。
 勝利の余韻を楽しみながら、100mほどを走ってバイクを止めた。ゴールの丘を振り返ると、Upapaが駆け寄ってくる。その姿が涙で霞む。Upapaを抱きしめる。U太が走ってくる。抱きしめる。A川が優しい微笑みを湛えて歩いてくる(こんなときでもA川さんはやっぱり落ち着いています)。Akouも満面の笑みで駆け寄ってくる。二人とも抱きしめる。

 優勝の表彰式で、現世界チャンピオンのホセ・ヘルミダ選手から、素敵な黒いチャンピオン・ジャージを着せてもらったあと、インタヴュアーがYosに聞く。
「このチームは、どんな編成のチームなんですか?」
「僕の、家族です」
(まあ実際は、もうちょっとフツーの返答をしてしまったのだけれど、要するに、気持ちは、例え血はつながっていなくても、自転車の絆で強く結ばれた、家族ですということを、言いいたかったということです。)

 早いもので、あれからもう2ケ月が経った。その間に、転居や新しい職場への出勤、そして母の葬儀と様々なことがあったが、Yosの日常はようやく落ち着きを取り戻しつつある。
 高知の日の出は東京よりやや遅く、1月中旬のこの時期は、7時頃に日が昇る。母の霊前に供物と線香を供えるのが、今のYosの日課だ。祖母が毎朝、そして祖母から引き継いだ母が毎朝やってきたことを、今度は自分が引き継ぐとは、つい数ヶ月前までは、考えもしなかったなと、Yosは少し苦笑する。
 30年ぶりに起居することになった自室の棚を見上げると、そこにはメリダカップの優勝カップが飾ってある。アルカンシエルのホセ選手に手ずから着せてもらった黒いチャンピオン・ジャージは、今はクローゼットに大切にしまってあるが、そのうち専用の額を買って額装しようと思っている。(高学年クロスカントリーも勝って2着を手に入れたU太は、そのうちの一着を、惜しげもなく練習用に使っているようだが・笑)

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アルカンシエル、ホセ選手からチャンピオン・ジャージを着せてもらう
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自室の優勝カップ。隣にはなぜか、染付けの壺が

 自室の窓を開て北の空を見ると、なるほど今朝の天気予報のとおり、山には雨雲がかかっている。頭(こうべ)を巡らして南の空を見ると、そこには一点の雲もなく、晴れ渡っている。これは南国高知の典型的な冬の天気だ。
 高知県の地形は、おおまかに言うと、とてもシンプルだ。すなわち北に山、四国の他3県と高知を隔てる四国山脈がある。そして南は海、太平洋に向かって、なだらかに下りながら、土佐24万石の平野が広がっている。
 そして今朝のような天気のあとは、必ずと言っていいほど、山に虹がかかる。山の冷気で冷やされた雲からの雨のあと、南国のあかるい太陽の光が差すと、そこに虹が生まれるのだ。
 その虹を見て、Yosは微笑む。虹は、希望の光だ。

 人生には、出会いと別れがある。そしてそれは、何かを捨てたから何かを得られるというような、簡単なものではない。けれども、希望を持って、前を向いて生きていれば、そこには必ず、「生きるよろこび」がある。
 そして傍らに自転車があれば、Yosはいつでも、どこへでも走ってゆける。あの虹のもとへでも、走っていけるのだ。今その虹に向かって、マントをひるがえしながら、アンパンマンが飛んでゆくように、Yosには見えた。
「夢と勇気を、ありがとう!アンパンマン!」

 やなせたかしさんの遺骨は、ご本人の遺言によって、今春に高知県香美市の生家の近くに埋葬されるという。そのときには、お墓参りにゆこう。もちろん、自転車で行こう。(といっても近くて、うちから12kmしかないんですけどね)
Special thanks: この章を、去る2013年10月13日に亡くなられた、Yosと同郷高知県香美市出身の漫画家、やなせたかしさんに捧げます。


posted by Yos at 23:21 | Comment(6) | MOMOがゆく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おおー、やっときましたね!MOMOがいく(Yosもいく?)。長編のようですので、じっくり読ませていただきます(^^)
Posted by Upapa at 2014年01月20日 08:28
相変わらずいいね〜。
久しぶりのMOMOがいく!
楽しく読ませて頂きました(^_^)v
メリダは今までのレースの中でも
とっても印象深い、感動レースです。
読みながら色々思い出しました。
最終週の後半のyosの姿や、
ゴール後のA川さんの歩き姿とか・・・(笑)
抱き合って喜び合った事とか・・・
耐久ならではの感動が蘇りました。
仲間っていいね〜

また待ってるよ(^_^)/~
by.Akou
Posted by Akou at 2014年01月20日 21:53
MOMOがゆく!待ってました。
感動しました。
メリダにあった感動のシーン目に浮かび上がりました。
次のMOMOが行くも待ってます。
Posted by D地 at 2014年01月20日 22:09
骨が数本折れた時は、ちょっとまいりましたね。

震災で被災した多くの大人が勇気づけられたアンパンマンの詩、皆つらい思いはしたくないけど、必ず誰にでもやってくる。それをどう乗越えるか教えられた気がします。
Yosさんの人生もまだ半分、
楽しかった自転車レース、次はもっと楽しい自転車レースをしましょう。
そして、まだまだ教えてもらいたい事がたくさんあります。
私の娘たちもです。
Posted by gen at 2014年01月21日 00:21
D地、いいこと教えてあげる(^^)

実はなんとYosさんが珍しく弱気になってたんだぞ!

(あっ言っちゃった(^_^;)

私のお気に入りの出来事なので、お許しを。

(コメント長いよ〜!)

=================
1回走行ずつ作戦が無理だったので、残り時間を分割する必要がありました。

Yosさんが1本目、戻って来た時に、

ぼく「ラストの2か3周お願いします」

Yos「えっ?いや〜もう俺は無理やわ〜」


あれれっ??


でも、U太が「ダメだよ〜最後に走らなきゃ」
なんて、言ってたら、


ふと、


Yos「わかった!やろう!」と。


決めたとたん、目が輝いてました。



最後の3周はしびれました。

各4周後、A川 2周、U太 2周、A川 1周、Yos 2周(ラスト)
このA川さんの1周は効きましたね。

A川さん「間でぼくが1周走ってもクローズに間に合いますか」と提案してくれたんです。

ぼくは慌てて計算しました。

「余裕は2分程度です。普通に走れれば大丈夫ですが、トラブったらアウトです」
このレースはYosさんがゴールで終わらなきゃいけないのです。。


そして、A川さんはなんと自己ベストを更新し、1〜2分前に帰ってきました。
(記録としてはその前の周だが、ピットの時間考えるとかなり速い…(^^)


U太は戻ってきて、交代するときに「なんでYosさんじゃないの?」とすぐに言ってました。
話してすぐ理解しました。



そして、Yosさんは最終ラップ!



なんと自己ベストを出してゴールしました!!
Posted by Upapa at 2014年01月21日 01:44
ゆっくり読ませてもらったです。

メリダ当日の情景がグイグイ伝わってきました*\(^o^)/*
アンパンマンがなんでながく人気を保ち続けるのは、そっかそういうことなのかなと改めて納得(^ ^)
A川さんが大丈夫と言ってくれると、そっか大丈夫なんだ!と思える感じ、私もいままで何度かあったです。ズキューンとくる言葉が有難いです(^_−)−☆
南国の虹。綺麗なんだろな。
Yosさん、また待ってます*\(^o^)/*
Posted by マコト at 2014年01月23日 00:24
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