2014年08月28日

「MOMOがゆく」2014全国大会編 JJ&KK ツインビーム

「MOMOがゆく」2014年全国大会編
ツインビーム
JJ、KK、小学4年生女子


表彰式だ。KKは表彰台の一番高いところに上り、JMBAの会長さんから、金色に輝くメダルを首にかけてもらう。
「やったー!」KKは、ついに手に入れたメダルを手に取った。大きくて重いそのメダルは、坂を上るMTBが浮き彫りになっている。KKが、ほしくて欲しくてたまらなかったメダル。今年はこのメダルを手にするために、6位だった去年の全国大会以降、一生懸命、練習してきた。
そしてついに手に入れたメダルを、パパとママに向けて差し出す。パパとママが、満面の笑顔でうなずいている。ママが大きな声で、何か言っている。
「KK、起きなさい!朝ごはんよ。ほら、きょうはY山の道と黒トレに行くんでしょ」
あれあれ、ママ、それは違うよ。今日は全国大会で、わたしはメダルを取ったんだから…むにゃむにゃむにゃ。あれ?何だかおかしい、と思いながらKKが胸に手をやると、そこにはあるはずのメダルがない。そして着ているのはMOMOジャージではなく、パジャマだった。「なーんだ、またメダルを取る夢を見ちゃった」
まだ眠い目をこすりながら、2段ベッドの端から首をのばして下の段を見ると、ママがJJを起こしているところだった。
「ほら、早くパジャマ脱いで、準備しなさい」と、自分はばりばりのパジャマ姿のママが言っている。さてはママ、わたしたちを起こしたあと、また寝るつもりだな。
KKはするすると忍者のようにベッドのはしごを下りてくると、きょうの練習の準備にとりかかる。M永S野家の方針は、自分のバックパックの準備は全部自分自身ですること。「グローブは、指きりとロングの両方を持っていこう」「スペアチューブはここ」・・・。さいしょの頃はいろんな忘れ物をしてパパに叱られたけど、今は要るものをテキパキとコンパクトにまとめて、しっかり自分で用意をする。
「よし。こんどこそメダルを取れるように、きょうも頑張って練習するぞ」KKが少し鼻の穴を膨らませて深呼吸をして、気合を入れていると、JJもごそごそと起き出してきて、自分のバックパックにとりかかった。ふたりのバックパックは、もちろんドイターの自転車専用。10Lの軽量タイプだ。このパックは荷物の運搬だけでなく、転倒のときは衝撃から脊髄を守ってくれる。「ナイスリュック!(by U太)」だからMOMOの子供たちは、練習のときはいつも、バックパックを背負っている。

写真_1.JPG
きょうもY山の道と黒トラで練習!

昨年の全国大会、小学3年生女子のクラスで、KKは6位でフィニッシュした。出場15人の中での6位は、決して悪い成績ではない。けれどKKはこのとき、ゴール直後に悔しくて泣いた。スタート直後、オーバルコースから山のコースに入る、名物の難関、最初の激坂のドロップで渋滞にひっかかり、トップ集団から大きく離されてしまったのだ。激坂の頂点から急降下するドロップは、バイク1台分の幅しかなく、誰か1台がつまずいて停まると、その後ろに必ず渋滞が発生し、後続は足をつけて待たざるを得ない。レース直前のサマーキャンプでも、試走のときにも、足をつかずにここを通過できたKKは、だからこの渋滞に巻き込まれて足止めされたことが、悔しくてたまらなかった。高学年より短い距離に設定されたコース2週で競われる3年生のクラスでは、この数分間の足止めが、あとで挽回するのが困難な大きな差を生んでしまうのだ。「あそこで先に行ければ、わたしはもっと前でゴールできたのに」
KKのその悔しさに輪をかけたのは、双子のもう一人、JJがこの渋滞の前にここ通過をして、その結果2位でフィニッシュし、銀メダルを獲得したことだった。また、姉のShokaは、二人のレースに先立って行われた小学6年女子のクラスで優勝し、金メダルを獲得していた。3人姉妹のうちの2人がメダルを獲得したのだ。だからKKは悔しかった。ゴールの後は、涙が止まらなかった。
しかしこの悔しさが、KKの闘志に火をつけた。まず、ペダルを、今まで怖くて躊躇(ちゅうちょ)してきた「パッチン」こと、ビンディングペダルに換えた。そうしなければ、一足先にビンディングペダルを使っているJJには勝てない。いや、JJだけでなく、全国レベルで戦うためには、ビンディングペダルが必須だった。そしてKKは、自分ではっきりと、次の年の全国大会で、メダル獲得を目指すことを目標に決め、そのために欠くことのできない条件である、パッチンを決心したのだった。

KKとJJがバックパックに荷物を詰め込み、そして自分のお腹には朝ごはんを詰め込んで玄関から駆け出ると、genとShokaが、もう二人のバイクを表に出して用意をしていた。
「おそいよ、二人とも!あと、ボトルを忘れないようにね」Shokaのゲキが飛ぶ。JJとKKはそれぞれのバイクに駆け寄り、お気に入りの(Yosが誕生日にプレゼントしてくれた)ポーラーの保冷ボトルをセットする。JJはブルーにポーラーベアー、KKは赤いハートマークだ。
KKのバイクはSINで購入した、白いGTのザスカー、もともとはShokaのバイクだったが、Shokaがオルベアのアルマに乗り換えてからは、KKの愛車になった。
そしてJJのバイクは、この春にチームKのHiちゃんから譲り受けた緑のスペシャライズド。実はJJはいま、この新しい愛車に慣れることに苦労していた。

以前のJJの愛車は、シアトルから海を越えてきた(手前味噌の宣伝ですが、詳しくは、MOMOがゆくの、「JJ、本気の女の子」と「JJの自転車」をご参照ください。きっとこのバイクのファンになるはずです!)24インチホイールの鉄製のスペシャライズド・ホットロックで、磁石が引っ付くこの自転車の重量は、なんと24kg!(のちにgenのコメントにより、14kgであったことが判明。そりゃそうだよね。24kgっていったら、27インチのママチャリより重い!)実に、大人の乗る26インチや29インチのMTBの約2倍(のちに、1.2倍程度だったことが判明!!)の重量を誇る(?)このバイクは、チームMOMOの歴史の証明とも言うべき名車だ。ShokaやU太も、かつてはこのバイクで腕を磨き、脚を鍛えた。JJが今のバイクに乗り換えた後も、家族一人あたりの自転車保有台数が、世界一の自転車大国オランダのそれをゆうに上回る、S野家の自転車博物館で、大切に保管されている。
普通に考えれば、バイクの重量が半分以下(いやいや8割程度だった!!)になったら、「ラクに、速く」なると思われるのだが、なんとJJはこのバイクに乗り換えてから、逆におそくなってしまったのだったのだった。なんでなのー?!
何度も言うがこれまでJJは、24kg(しつこいようだが、14kgだった)の鉄のバイクを手足のように操り、激坂もそのバイクで「あたりまえ」に上ってきた。ところがその半分の重さもない、アルミのバイクに、JJは手を焼いていたのだった。
確かに上り坂は、サドルに座ってクルクルと脚を回しているときは、軽く上ってゆく気がする。しかし、勾配がきつくなってダンシングに切り替えるやいなや、JJはとたんにバランスを崩す。今までの感覚でバイクを振ると、まるきりタイミングが狂う。下りに至っては、なお悪い。今まではペダルに立っているだけで、重いバイクがどっしりと安定して、勝手に下を向いて走ってくれていたのが、こんどの軽いバイクは、ギャップのたびに下から跳ね上がる。突き上げを吸収してくれるはずの、反応の良いフロントサスペンションも、慣れないJJにとっては、スカスカと前輪が上下し、まことに扱いづらい。実のところ今までJJは、動かないサスペンションでギャップを越えるために、無意識に自分でハンドルを引き押ししていたのだ。しかしこんどのバイクでは、JJのその先読みのアクションが、かえって挙動を不安定にしていたのだった。そして、26インチと大径になったホイールは、踏み出しが重く、慣性モーメントが大きい。
見かねたgenが、数日前の夕食のとき「A川さんのSLRを譲ってもらえるかも、なんだけど、それをJJのバイクにつけちゃうか」と話したのは、genの見たところ、それであたらしいバイクのトータルバランスが取れて、少しは(JJに)乗りやすくなるのではないかと思ったからだった。しかしこの作戦は、このところレースでJJに連勝しているKKの「それはだめー!」という一言でお流れになった。軽量レーシングホイールを奪い合う小学4年生の双子など、きっと日本にこの二人だけだろう。いまこのときも、世間のお子様たちのあいだでは「アナにする?それとも雪の女王にする?」なのだが、そうではなく、「マビックにする?それともフルクラムにする?」というのが、M永S野家の、あたりまえの会話なのだった。笑っちゃうのだが。ちなみにこの家では、ジャージと言えば体操着ではなく、もちろんレーシングジャージで、「ゆびきり」と言えば、げんまんではなく、短いグローブということになる。そしてビンディングペダルはもちろん、「パッチン」だ。

さてKK、こちらは去年の全国大会の後にペダルをパッチン(前述のとおり)に換えてから、上りはもちろん、今まで潜在していた脚の力が開花し、レースを走るごとに速くなっていた。とくに素晴らしいのは、上りで見せるダンシングの美しさと力強さだった。というのも、はやくからパッチンを導入していたShokaやJJにたいして、これまでフラットペダルで通してきたKKは、ShokaとJJがシッティングで脚を回して上る坂でも、二人についていくために、いやおうなくダンシングで上るしかなかった。いきおいKKのダンシングの頻度は増す。それに加えて、軽い体重でダンシングをこなすために、KKは、自然に、必然的に、「そこに、こうやって乗るしかない」というベストポジションとベストタイミングのダンシングのテクニックを体得していたのだった。あたらしく手にした(いや、足にしたか?)パッチンの恩恵を活かして、クルクル回して足を残し、そして勝負のかかった場面では、得意のダンシングでぐいぐい踏む。その二つの乗り方を使い分けることができるようになったKKは、まさに水を得た魚だった。走ればはしるほど速くなる。シクロクロスの大会では優勝も経験した。そして全国大会でのメダル獲得が、夢ではなく、本当に見えてきた気がしていたが、しかし「ゆだんはきんもつ」。このところパパに、「Y山の道いこう、黒トラに連れてって」と、その夢に向かって、KKは練習を緩めない。
かつてMTBに乗り始めたころ、山のきつい上り坂で「KKも、こんな男の子みたいな自転車じゃなくて、○○ちゃんみたいな、カゴのついたキティちゃんの自転車に乗りたい」「もう疲れた!コンビニどこ?!」とぶち切れていた、あのKKとは別人のようだ。夢に向かって頑張る強い心は、かくも少女を変えるものなのか。女心は強し!ときどき怖し!

KKシクロ.jpg
シクロクロスにも参加。KKは優勝も経験した。

家族円満のため、超軽量レーシングホイールSLRのJJバイクへの投入を見送ったgenはしかし、やはりホイールのバランスを考えて、タイヤとチューブを軽量なものへ変更した。これで700gほどの軽量化だ。ホイールは回転すると、速度の2乗に比例して慣性モーメントが立ち上がるから、時速20kmで実走したときの軽量効果は…えーと、わかるかそんなもん!算数は苦手だ。でもとにかく、それがJJに福音(ふくいん)をもたらした。
ちなみに、「福音」のギリシャ語は「エヴァンゲリオン」で、「福音」とは、新約聖書におけるイエス・キリストの教えのこと。最初に書かれた新訳聖書正典はギリシャ語で書かれいるから、アニメのエヴァ…は、そんなところに由来があるのだろうね。いやー、いつもながら、Yosの書くことは勉強になるねえ!って、エヴァンゲリオンのことはどうでもいいとして、とにかくそれが、まるでキリストの奇跡のように、JJの走りを変えた。水をワインに変えるように(聖書・ヨハネによる福音書2章。って、誰も読まないか・笑)。
それはもちろん、ホイールの軽量化の恩恵だけではなく、JJが徐々にあたらしいバイクに慣れ、それをコントロール下に置けるようになったこともあっただろう。明らかにJJとバイクとの重量バランスの関係が良くなり、はじめは身体の下で跳ねまくるバイクにとまどい、翻弄(ほんろう=思いのままにもてあそぶ・もてあそばれる:岩波国語辞典)されていたJJが、今やその軽量化のメリットを有効に使えるようになってきた。
「そうか、前の重いバイクみたいに、上りでバイクを左右にふるひつようはない。この軽いバイクなら、わたしは真下にふむだけで、くいくいっと、坂を上る。下りは、グリップを握る力を少しゆるめてあげる。そうすると、フロントのサスペンションが、こんこんこんっ…て、かってにでこぼこをきゅうしゅうしてくれる…」
かちかちかち…と、JJの頭が回転しはじめる。よし、もう怖くないぞ!わたしはわたしは(2回繰り返すのがたいせつ!)、もっと速くなる。
そしてなんとか間に合った!速いJJが戻ってきたのだ。全国大会まで2週間となった7月19日のシマノ・バイカーズフェスティバルのガールズ2クラスで、JJは8位になった。
そしてKKは30秒差の9位。見るものを熱く感動させる、白熱の戦いだった。そしてこの戦いは、決して、おうちの食卓で、皿の上に残り1個になった、二人の大好物のネギトロ軍艦巻きに同時に手をのばして速さを競うのとは違うぞ。
JJとKK、二つの光は、らせんを成すようにお互いを抜きつ抜かれつ、けれども一つの光よりも力強く発光しながら、全国大会を目指して、加速してゆく。二人だから、一人よりも強い。

そしてついに、全国大会のレースがはじまった。
JJのパッチンが、まさにパチーン!と、いっぱつでかんぺきに入った。このパチーン!は、決してラッキーではなかった。狙いどおり!JJはこの一瞬のために、サマーキャンプのときから、ビンディングの角度をけんきゅうし、そしてどの角度で、またペダル円周のどこで力を入れるのが最適かを、なんども何度も練習してきたのだった。今年から「レーシング班」に入ったJJは、やーちゃん先生の、「ビンディングの角度はたいせつだよ」という言葉に重きをおいて、それを実践した。これはJJの、必勝の作戦だったのだ。それが今、みごとに決まった。「よし、パッチンは入った。これから、かそくしてもっと前にいくぞ!」

2014JJスタート.jpg
JJのビンディングがいっぱつで入り、スタートでトップに立つ。左後方からKKが追う。

JJの右手が、オートマチックの拳銃を撃つように、トリガーシフトを操る。引き金を引いて、発射、スライドが後退して排莢(自動式拳銃の薬莢が排出されること)し、また戻ってきて、引き金を引く。熟練の射手による射撃はこのように、流れるような動きを繰り返す。これが下手なら、ジャミング、薬莢詰まりを起こし、射撃は中断される。自転車のシフト操作においては、射撃におけるスライドの動きはリアディレーラーの動きになる。自転車におけるジャミングとは、リアディレーラーの誤操作によるチェーントラブルだ。そうなると万事休す。最悪の場合はディレーラーが破壊され、走行不能になる。もちろん、ふつうに日本に住んでいれば、実際に射撃をする機会などないが、実はこの二つの作動の関係はとても良く似ている。
熟練の射手のように、いまJJは右手の人差し指の動きとリアディレーラーの動きを完璧にシンクロさせて、シフトアップを繰り返してゆく。脚の回転も完全に合わせているから、どんどんギアが重くなっても、バイクはそのたび、はじかれたように加速を繰り返す。そして、なんとJJは、1コーナーの手前で、Hiちゃんに続いて2位につける。女子だけの1位、2位ではない。男子もあわせた、レースぜんたいでの1位、2位だ!ぎゃー!と、SKM48と、genが絶叫する。そのまま1コーナーに突入する。
だがここで、いつものとおり、いつものごとく、Hiは一番前をゆく。JJの右側、コーナーのアウト側から、ひとり違ったラインで、スピードを上げてゆく。このラインは、加速重視、鋭角的なアウト・イン・アウトのレーシング・ライン。いつもながら見事だ。かつて自分が乗っていたバイク、今はJJの緑のスペシャを置き去りうにしようとする。Hiにはそのとき、もちろん、いちばん前を走るラインしか見えていない。見ていない。
しかしJJは食い下がる。決してあきらめない。Hiの背中を、これ以上遠くしてはいけない。勝ち負け?今はそんなこと、考えていない。でも、この背中から、離れちゃいけない。JJは全力で、Hiを追う。

JJ外からHi.jpg
チャンピオン強し!Hiちゃんがトップでレースを引っ張る。JJがそれを追う。

KKはJJたちより1列後ろでスタートした。昨年の順位実績がスタート位置を決めるので、昨年6位だったKKは、セカンドローからのスタートになる。
KKのパッチンも、いっぱつで入った!昨日、そして今朝の試走で、パパとなんども何度も、スタートの練習をした。それが活きた。そしてKKはきょう、スタートでとくべつなさくせんを立てていた。フロントギアを、アウターにしてスタートしたのだ。スタートは、得意なダンシング、もともと、重いギアは踏める。しかし以前のフラットペダルに慣れていたKKは、その後の引き足に不安があり、これまではインナーギアを使ってスタートしていた。けれどもインナーでスタートしていては、強豪(きょうごう=とっても強いひとたち:Yos)ひしめくきょうの全国大会のスタートでは、前にいけないのだ。前にいけないとどうなるかを、KKは去年の大会で、いやと言うほどよく知っていた。「ことしは、去年みたいに悔し涙を流したくない!」いま、パッチンを得たKKには、心配もおそれもない。あるのは、この一年間、パパと一緒に、一生懸命頑張って練習したことを、全力で出すんだという強い気持ちと、失敗もおそれない勇気だ。あの最初の激坂までに、ぜったいに前にいってなきゃいけない!
KKは2列めから一人、ぐんぐん加速して飛び出した。左側前のほうに、JJが見える。なんとJJは、Hiちゃんのすぐ後ろを走っている。そして、あれ、間には男子しかいない。ということは私は、女子ではその次だぞ。HiちゃんもJJも、どんどんはなれてはいかないぞ。KKはそれをちょとふしぎに思ったが、だがそれは実は、KKもじゅうぶんに速かったからだ。速くなっていたからなのだった。
Hi、JJ、KKの3人は、あいだに何人かの男子をはさみながらも、トップ集団を形成したまま、最初の難関、勝負の激坂を上り、そして一人ぶんの走行ラインしかないドロップを越えていった。3人が、他の女子選手をひきはなしていく。

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チームK、Hiちゃんが見事に連覇。JJに自転車ありがとね!

Hiが、両手を高くあげて、女子4年生優勝のゴールを切った。昨年に続く、圧巻の連覇だ。素晴らしい。
えっ?「なんだよ、もういきなりゴールかよ」ですって?読者の皆様。だってYosは、今年はレースを見てないんだもの。それに、レースの特派員のUpapaが、「あの(激坂のドロップ越え)時点で、勝負は決まってましたね」って、言ったんだもん。だから、そこまで書いたら、あとはゴールでしょ(笑)。
遅れること58秒、JJが銀メダルのゴール。Hiの背中は、ゴールまでちらちらと見えていたが、追いつくことはできなかった。しかし、この長くきついコースを走って、その差を1分以内にとどめた。よく頑張った。でも、JJは、いつかは金メダルを、と狙っている。

JJゴール2014.jpg
JJがゴール。2年連続の銀メダルだ。スタート、最高にカッコよかったぞ!

心臓がばくはつしそうだったのは、genとSKM48だった、いや、その二人だけではない。Upapaは昨夜KKと、「UpapaはKKにメダルをとってほしい?」「もちろんだよ!」と話をして、それが現実になりそうで、おしっこをちびりそうな(きっと・笑)ぐらいドキドキしていたし、これまでのKKの頑張りを見てきたMOMOpapa、MOMOmamaたちぜんいんが、その瞬間を待っていた。次、つまり銅メダルポジションの3番目に山から下りてきて、オーバルコースに姿をあらわすのは、誰なんだ?はやく見たい、でもこわい!それがKKならいいけど、他の子だったら…それもKKがまた、4位とかだったら、いったい、なんて言ってなぐさめればいいのだろう。
誰だ!? 次に、誰が来る!!!???
そしてそのとき、ぜんいんがそれを見た。そして飛び上がった。Genは泣いた。Upapaも泣いた。SKM48は叫んだ。
オーバルに姿をあらわしたのは、ピンクと黒をベースに、右の袖と裾にチェッカーフラッグをあしらったロングスリーブジャージ。世界でいちばんカッコいいジャージ。それはチームMOMOのジャージ!
その最高のジャージに身をつつんだKKが、銅メダルのゴールラインに、いま、飛びこんだ!

KKスタート2014.jpg
ついに、KKがメダル獲得。努力がみのった。夢をかなえた。

KKは係りのおじさんに、タイム計測のタグを外してもらうと、待ちきれないようすのgenのところに走っていった。バイクを投げ出し(投げ出しながらも、きょうはありがとうね!私のGTと、ちゃんと心の中でお礼も言いながら)て、genの胸に飛び込んだ。
強く抱きしめられて、やっと、やっと手に入れたメダルの喜びを実感する。
そしてKKは、背の高いgenを見上げて言った。
「パパ、夢って、ただお願いして待ってるだけじゃいけないんだね。夢は、いっしょうけんめい頑張って、自分で、かなえるものなんだね」
KKの夢がきょう、かないました。いや、KKはそれを、自分で「かなえた」のです。

JJKKメダル.jpg
きっと、日本MTB会の将来を背負って立つ3人娘。終わってみればこの3人だけが、レースタイム20分を切る激走だった。3人でSO○Yミュージック(Yosの実弟が勤務)から、メジャーデビューが決定?! ユニット名は募集中!

高知県は、台風12号の影響で、1週間降り続いた豪雨に打ちのめされていた。各所で土砂崩れや土石流が発生、河川が決壊し、多数の被害が出ていた。
Yosはその様子を、JR高知駅にほど近い病院の入院病棟から見下ろしていた。病院のすぐ前の道路も冠水している。
「横紋筋溶解症」という、筋肉組織が崩壊して血液中に溶け出すという病気と、それに起因する脱水症状で救急搬送されたのが5日前。搬送時には四肢にまったく力が入らず、立つことも、手を動かすこともできなかった。今も指先や足先には感覚がない。振戦(しんせん)が強く、手と足が不随意にがくがくと震える。
本当はきょうの全国大会は、白馬で応援する予定だった。貧乏なYosのためにSKM48が旅費まで用立ててくれていたが、予期せぬ病気のために、楽しみにしていた、それも今年一番、楽しみにしていたこのプランが吹き飛んでしまったのだった。
きょうは朝から、SKM48とUpapaが、逐一結果報告のメールをくれていた。すでにTキ(中2)と、U太、Shoka、D地、Mackey(ともに中1)のレースは終わり、メダルこそなかったものの、それぞれ全員が、全力を尽くして戦ったという報告を受けていた。子供たち一人ひとりの顔とレースのもようが目に浮かび、Yosは熱いものがこみ上げていた。
そして、今受け取った、SKM48からのメール。
「JJ2位!KK3位!」という文字が躍っていた。メールなので、もちろん実際には踊ってはいなかったが、もしもこれが直筆の文字なら、それは思いっきり、躍っていたはずだ。
そのメールを見たとたん、Yosはもう、がまんができなかった。最初は心不全も疑われた(心臓の筋肉も溶けてますから)症状は頻脈で、通常50ぐらいの心拍が、今は100ちかくある。血中ヘモグロビンが低下し、ヘマトクリット値が30まで落ちている(これが高いほど有酸素運動が有利で、自転車競技で発覚するドーピング剤のEPOはこの数値を上げる。成人男子の通常のヘマトクリット値は42〜46程度で、ちなみにこれが50を越えると、生物学上ありえないということで、ドーピングとなる)ので、ただでささえ酸欠ぎみで息苦しいのに、感動して息がつかえて、よけいに苦しい。ひーひー、はーはー、嬉しいけど苦しい、かんべんしてくれー(笑)
けれども、とても幸せだ。息苦しいのなんて、どうでもいい。たとえ酸欠で倒れたとしても、ここは病院だ。ここで死ぬのなら、どこへ行ってもお陀仏だろう。

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点滴治療中に、SKM48からJJとKKのレース結果を受け取る。おおいに力をもらう。Yosだって、負けないぞ!

あつい涙が頬を伝って、ぽとぽとと廊下に落ちた。それを見た看護師さんが、心配そうに寄って来たので、だいじょうぶですと言いながら、スマホの画面を彼女に見せた。「自転車を教えていた子供が、メダルを取ったんです」。看護師さんは、一瞬とまどう様子を見せたが、Yosの涙が、うれし涙であるとわかると、うんうんと頷くと、「そうながやー、それはよかったですねえ」と土佐弁で言って、さらに、おめでとうございますと言って、ナースステーションのほうへ歩いて行った。

また子供たちに教えてもらった。また子供たちに力を与えてもらった。なぜ、俺のところの、MOMOの子供たちは、こんなにも力強いのだろう。みんな、命の輝きにあふれている。
いまJJとKKの放ったふたつの光は、遠く信州のスノーハープから、海も山も、そして険峻な四国山脈も越えて、Yosのところまで届いた。台風の厚い雨雲をも切り裂いて、まっすぐに進むその光は勇気と希望の光、ツインビームだ。

Yosは震える手に力を込めた。点滴のポールを握りしめて、がくがくとよろめく膝を強くして踏む。立ち上り、前を向こう。子供たちに、負けるわけにはいかないぞ。
「そうだ。俺だって、チームMOMOなんだ」
                                                    おわり


posted by Yos at 03:15 | Comment(3) | MOMOがゆく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長過ぎ・・・平日には読めません。ってことで、週末に読もうと思いますが、ざっと写真のコメントだけ見て1点訂正。
Hぃちゃんは最初からトップでした。ただ、最初の写真に写ってなかっただけだよ〜。パパが意図的にトリミングしたかな???
Posted by SKM48 at 2014年08月28日 23:02
おっと!それはいけない。Yosの取材不足でした。さっそく修正しました。あとは大丈夫かな?
それにしても、トリミング疑惑はさておき、やっぱりHiちゃんは最初からトップだったかー。さすが隙がないなー。
Posted by Yos at 2014年08月29日 00:06
病室で涙を流していたなんて・・・

JJの以前の自転車は14kgでございました。
Posted by gen at 2014年08月30日 09:46
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